雨の中、見つけた仔犬は震えていた…――
「寒ぃ…助…け、て…」
[ Enchante 1]
朱鷺は、抱きかかえていた少女をベッドに横にすると、自分はさっさとシャワーを浴びに行く。
少女は、初めに呟いた一言以来、眠ったままだった。
シャワーを浴びて出てきても、少女は眠ったままで目を醒ます気配がない。
タンスから一枚のシャツを取り出すと、悪いと思いつつ、朱鷺は少女の服に手をかけた。
雨に濡れたそれは、素肌に張り付いていて、寝かせたままだとボタンを外すのが精一杯だった。
起こさないようにそっと抱き起こし、やけに複雑な作りの服を脱がせていく。
徐々に露にされていく肌は、想像以上に冷たくなっていた。
「…これ以上下がるとやばいか?」
濡れた服の代わりに、先ほど取り出したシャツを着せ、再度寝かすと今度は分厚めの毛布をかけてやった。
そして、自分の服と少女の服を洗濯機に放り込むと、朱鷺はベッドの空いてるところに腰掛けた。
2人分の体重にベッドがぎしりと音を立てる。
振り向いて、少女の顔を見ると、先刻より血の気が失せているように見える。
「…とりあえず、俺も寒いし何か飲むか」
キッチンへ行くために、ベッドを立とうとすると何かにシャツを掴まれているのが分かる。
もう一度振り向くと、いつの間にか少女の手が、朱鷺のシャツを掴んでいた。
「…行けねぇじゃねぇか」
呟くと再度ベッドに腰を降ろし、エアコンのリモコンを取って設定温度を上げた。
「…ん……くしゅっ…」
数分後、少女が呻いたかと思うと、くしゃみを一つする。
うとうとと仕掛けていた朱鷺は、そのくしゃみで目を覚まし、振り向くと少女と目が合った。
「…起きたか?」
笑顔で少女に問うと、少女は顔ごと毛布に潜る。
「…なんだかなぁ…。…何か飲むか? あったかいもの…」
少し呆れたような笑顔のまま、もう一度聞くと、少女は目から上だけ毛布から出す。
「……ミルク…甘ぃ、の…」
凛としている割に、まだ幼さの残るその声に、朱鷺は何処となく、少女に可愛いという印象を受ける。
「…甘いのな。んじゃ、ちょっと待ってろ」
振り返ってシャツを掴まれていた手が外されているのを確認してから、ベッドから立ち上がり、キッチンへと向かった。
マグカップを取り出して、冷蔵庫にある牛乳を注ぐ。
片方にはシロップを入れて、一度に2つとも温める。
マグカップを持って部屋に戻ると、少女はベッドに起き上がって、自分の着衣が変わっていることを不思議そうにしていた。
「…ほら」
シロップを入れた方のマグカップを渡すと、飛びついてくる。
少女は一口飲んでから、口を開いた。
「…ぁ…ぁの…助けてくれて…ありが、とぅ…。…その…この服は…誰が…着せてくれたの…?」
少女は、誰が着せたのか薄々分かっていながらも聞いているようで、頬が薄っすらと紅潮していた。
「…あぁ…。俺…だけど」
少女の耳がぴくっと震える。
「…その…」
少女は顔を赤らめたまま、俯いて何かを言いにくそうにする。
「…極力見ねぇよぅにはしたって…」
朱鷺は、少女から視線を逸らしながら答える。
「…そぅ…ぁ…その…シャワー…借りても…?」
少しだけ紅潮の収まった顔で、少女は朱鷺におずおずと聞いてきた。
「あぁ…そこのドア出てすぐ右だから…、他のシャツ要るか?」
「いぇ…これだけで、十分…だから…」
小さな声で答えて、少女はパタパタと、部屋を出て行った。
「…そういや…名前、聞いてねぇ…」
この自由の街で、行く宛てがないというなら、当分匿うことになるだろう。
だったら、名前くらい聞いておかないと呼びようがない。
そう思った朱鷺は、少女が要らないと言った出しかけのTシャツを掴んで、脱衣所へと向かった。